リサーチ・レポート
壁に囲まれた庭園:ゆっくりと成長するAIの勝者たち
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2023年12月22日
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2023年12月22日
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壁に囲まれた庭園:ゆっくりと成長するAIの勝者たち |
2023年は人工知能(AI)主導の市場展開となりました。米国では「マグニフィセント・セブン」1と呼ばれる7つの企業が席巻し、年初来から9月末までのS&P500指数のリターンのうち、85%以上はこれらの企業がもたらしました。7社の合計したリターン(加重平均)は今年9ヵ月間で43%であり、それに対して残りの493社2は3%でした。7社の成功は、驚くことではありません。
2023年6月の本誌「AIをめぐる熱狂の中で(Compounding Through the Hype)」で記載した通り、AIゴールド・ラッシュの初期の勝者は、シャベル売りである半導体 プロバイダーや、クラウドの「ハイパー・スケーラー」たちです。彼らは、生成AIの導入に必要なインフラを担っています。具体的には、膨大なストレージ容量と処理能力を担っているわけです。新しい波の恩恵をいち早く受けているのは、これらの企業です。最も極端なケースは、サンタクララを拠点とするアメリカの多国籍テクノロジー企業で、この企業の収益予想は今年3倍に増加しています。一方、それほど派手なレベルではありませんが、私たちが保有するソフトウェアおよびクラウド・コンピューティングのプロバイダー企業は、生成AI関連が直近の四半期にアジュール(ネットワークなどのITインフラをクラウド上で提供)の成長率を2%押し上げたと言っています。このように、早い段階での収益増加は、ハイパー・スケーラーたちのクラウド・サービスに対する大幅な需要の増加を予見させるものです。しかし売上の急増には、必要な処理能力を構築するための大幅な設備投資を伴うことでしょう。
前述のような今日の明らかな受益者以外に、「スロー・バーナー」、つまり生成AIをはじめAI全般の恩恵が現れるまでに時間が掛かるものの、時間の経過とともに大きな恩恵を受ける可能性がある企業も存在します。「スロー・バーナー」は、もちろん生成AIの利用ケースの創出に関わるでしょうが、従来想定された先端企業よりは、むしろモデルのユーザーである可能性が高いと思われます。このようなスロー・バーナーは、生成AIを通じて顧客のために価値を生み出したり自社のコストを削減したりする事が可能なはずで、最も重要なポイントは、価格決定力を持つ事の結果として株主のための十分な利益を維持できる傾向にあるという点です。つまり生成AIを活用することで、すでにある優れたビジネスモデルにさらに価値を付加して、事業機会につながる既存の競争優位性を、更に増大しているのです。対照的に、生成AIがコモディティ化した業界では、生成AIが顧客の利益を高めたり生産者コストを削減したりして、利益を得るのは、株主よりはむしろ利用する顧客側でしょう。競争圧力の下で高品質化や低価格化を進めても、利益が出ないため株主は報われず、生成AIの技術の恩恵は顧客側にもたらされることになるでしょう。
モデルと壁に囲まれた庭園
今年5月、世界的な検索エンジン企業の研究者が書いたとされるメモが匿名でリークされましたが、生成AIに関しては3、 彼らの自社開発のAIモデルには「(競争に対する)堀がない」と主張 されていました。というのも、すぐに利用できるアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)に基づく新しいオープンソース・モデルは、速度が速く、適応性が高く、プライベートなものですが、言うまでもなく無料だからです。品質と価格で競争力がある無制限の代替品があるのに、消費者は制限のあるモデルにお金を払うでしょうか?ある大手企業や多国籍テクノロジー・コングロマリットは、自社の会話型AIのコードが流出した後、インターネット上で、誰でも自由に利用できるようにしました。オープンソースでない企業(そして暗黙的にはその投資家たち)が、現在最先端モデルの政府認可を主張しているということは、通常、政府の介入に反感を抱く米国のハイテク業界の常識からすると、今後の競争激化を感じていることを示唆しています。
たとえ生成AIモデルが多少コモディティ化したとしても、大規模に展開する上での課題は小さくありません。大規模な言語モデルには、多大な処理コストとメモリーのコストがかかるため、効率性が鍵となるのです!なお単にモデルの限界による誤回答などの問題もあります。ソフトの検索機能に生成AIを取り入れることは、検索モデル以上に利用価値があります。この課題は閉鎖的なシステム、つまり「壁に囲まれた庭園」では、はるかに簡単で、当運用で言及する企業の殆どが該当します。純粋に独自のデータか、公開されたデータとブレンドされたデータのいずれかでも、自社のビジネスで独自のデータを持っている企業には、特に大きなチャンスがあります。多くの企業は、見通しの作成や自動化のために、自社のデータに対して既存のAIか予測AIを何年も使用してきましたが、現在は生成AIの要素を加えています。
生成AIとポートフォリオ
比較的早い時期からAIを導入しているのは、私たちがグローバル・ポートフォリオで保有している米国の格付け会社です。この会社の分析サービス、例えば、KYC(顧客の信用調査)サービスでは、警戒すべき顧客をスクリーニングして、潜在的な詐欺を探すために予測AIを使用してきました。同社では、私たちが別に保有している米国の多国籍ソフトウェア・クラウドコンピューティング企業と提携し、ChatGPTを活用した「リサーチ・アシスタント」を導入し、顧客が分析システムを利用する際の操作を手助けしています。この改良によって、顧客に大幅な効率化がもたらされることが予想されます。数回の指示で、投資レビューの大部分を書き上げることができるため、顧客は今までよりもはるかに速く分析を行うことが可能になります。自社データベース内のデータのみを使用し、すべての記述には出処が添付されるため、誤情報(ハルシネーション)を抑えることができます(そして、顧客が出処に対する権利を持たない場合には、新たな収益機会が生まれます)。課金モデルはまだ検討中ですが、同社は「価値の裏付けのある価格」を追求する予定です。クロス・セル、アップグレード、値上げにより、すでに既存顧客から年平均7%の追加売上を獲得していますが、同社は、このような点をかなり得意としています4。同社はまた、14,000人の従業員にコパイロット・アプリを配布し、事業改善のアイデアを生み出そうとしています。足元で最優先なのは売上の機会ですが、後々大きな経費削減効果が期待できるでしょう。また、私たちが保有する米国の金融データ・ソフトウェア会社にも似たような話があります。同社も生成AIのインターフェイスを導入し、顧客が同社のシステムを照会したり、タスクを開始する事を手助けし、さらには顧客によるPythonプログラミングを支援することで顧客による同社データセットの利用を拡大し、顧客の価値を高める事で、生成AIは顧客の維持、顧客に要請する価格に貢献しています。中期的には、生成AIが顧客からの問い合わせやコンテンツ収集の顧客サービス(従業員の約50%が働いている)を支援し、また生成AIが重要なデータの取得とクリーニングを加速させることで、両方から大きな効率性が生まれる可能性があります。
このようなビジネス・チャンスは、企業が独自のデータを所有しているだけでは生まれるわけがありません。企業資源計画、または 統合基幹業務システム(ERP)のリーダーである欧州のソフトウェア会社の場合、顧客のデータを保管し分析するための建物を事実上所有しています。他社の場合と同様、AIはこれまで、分析と自動化の主要な推進力であり、すでに2万6,000社の企業顧客に利用されています。例えば、請求から支払いまでの時間を短縮する、財務的に処理能力が高い資金回収や、材料の再注文を自動化する在庫の予測補充などです5。 現在、生成AIコパイロットが導入され、システムが自然言語で質問できるようになり、財務、人事(HR)、サプライチェーンにおける分析が推進されています。生成AIはまた、人事部門において職務経歴書の作成や面接の質問の抽出に活用されたり、業務プロセスの見直しにおいては、プロセスのモデルや文章の作成に使用することもできます。必要に応じた生成AI使用による課金と並行して、年内に、主要なパブリック・クラウド製品の生成AIバージョンを30%値上げして提供する予定です。多額の移行コストは、顧客が同社のエコシステムから離れることを防いでいます。顧客にとっては、生成AIによる効率的なコーディングの提供の可能性や、進行中のクラウド移行による利益率増加の可能性が期待できる事に加えて、強力に活用されたAIによって同社の利用を続けることが更に魅力的になり、同社にとっては、収益の機会が増加します。
以上の3つのケースは、生成AIの機会は、革命的ではなく発展的で、すでに成功し利益が出ている成長事業において、売上増加とマージンの改善を後押しするものです。その他にも、私たちのポートフォリオには、価値のあるデータを活用した、AIと親和性のある優位性が高い企業の例があります。例えば、信用情報機関、専門出版社、保険ブローカー、ヘルスケア・データや臨床サービスプロバイダーなどです。さらに、生活必需品などの分野では、データに大規模な投資を行い、分析的な優位性を確立しているため、競合他社に大きな差をつけている企業もあります。アクセンチュア社は、AIの機会を十分に活用できる「データ成熟型」の顧客は、全体の10%に過ぎないと主張しています。つまり、データ成熟型の企業が大きなアドバンテージを持つということです。
不透明な時代
2022年9月以降の力強い回復から一転、株式市場は8月・9月で7%下落しました6。上昇時と同様、ほぼ横ばいで推移しているEPSの状況よりも、PERが株価下落の要因となっています。欧州や中国はともかく、米国ではマクロ指標の改善見通しにもかかわらず、株式市場が下落しました。弱気派は景気悪化の初期サイン(例えば米国トラック業界の雇用情勢や住宅販売)を指摘していました。株式市場下落のきっかけは、利回りの容赦ない上昇だったようです。米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げサイクルが終わりに近づいているにもかかわらず、米国10年債の利回りは9月末時点で4.6%に迫り、四半期で73ベーシスポイント、1ヵ月で46ベーシスポイント5上昇しました。利回りの急上昇の原因については、長期金利の上昇によるものか、成長見通しの改善によるものなのか、様々な憶測がありますが、単純に需給の問題である可能性が高いと思われます。米国は4%以下の失業率にもかかわらず、国内総生産の8%近い財政赤字を抱え、7.6兆ドルの米国債が来年償還を迎えるため、米国債の供給には事欠きません7。 一方、中国とFRBという歴史的な2つの買い手の投資意欲には疑問符が付きます。
こうした利回りの上昇は、株式市場に2つの疑問符を投げかけています。1つ目は、1年前の英国の年金負債対応投資(LDI)戦略や、春のシリコンバレー銀行のように、巨額の負債を抱える金融システムが、支障が生じることなく、金利上昇に対応できるかどうかという点です。もう一つは、株式市場と債券の相対的な評価と魅力において、債券の利回りが与える影響の度合いです。株式市場の益利回り(PERの逆数)とリスク・フリー・レートのギャップは、9月末時点で過去20年間で最低の水準まで縮小していますが、株式市場の下落にもかかわらず、そのギャップは7月末よりもさらに縮小しています。債券という選択肢を無視しても、MSCIワールド・インデックスの予想PER16.0倍(9月末時点)は割安には見えません。特に、当局がソフトランディングを成功させたとしても、景気減速が予想される中で、2024年のMSCIワールド・インデックスの予想EPS成長率10%という数字は間違いなく楽観的な想定に基づいているからです5。PERもEPSも、株式市場が大幅な下落の可能性を織り込んでいると主張するには難しいほど高い水準です。私たちのポートフォリオに組み入れられる重要な2つの基準は、これまでと同様、「価格決定力」と「継続的な売上」ですが、実際に景気後退に入れば、再びその真価を発揮するでしょう。また、厳しい経済状況下では、株式市場は底堅く利益を上げる企業を選好するようになるでしょう。不透明な時代においては、高クオリティ企業が比較的安全な逃避先となるというのが、私たちの見解であります。
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マネージング・ディレクター
インターナショナル株式運用チーム
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