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ヘルスケア・セクターの長期投資のケース
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グローバル・エクイティ・オブザーバー
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2025年3月3日
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2025年3月3日
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ヘルスケア・セクターの長期投資のケース |
ルスケア・セクターのパフォーマンスは、過去2年間でMSCIワールド指数の49%というリターンに対して、セクター全体のリターンは18%と、株式市場全体のリターンを大きく下回っています。1 米国の多国籍製薬会社や、デンマークに本社を置く世界有数のヘルスケア企業など、ヘルスケア・セクターには独自の魅力的な銘柄がありますが、これらを除くとこのセクターのリターンはわずか9%であり、MSCIワールド指数を40%も下回っています。このパフォーマンスの劣後を念頭に置きながら、現在の状況は、長期投資の対象としてのヘルスケア・セクターの魅力について、改めて説明する良い機会だと考えています。
ヘルスケア・セクターについての考察
まず、医療関連銘柄が過去5年間に取り組まなければならなかった特殊な需要や供給、資金調達に関する環境について、再確認することが重要です。コロナ禍の発生は、特にワクチンを製造する製薬会社や、検査キットを提供するライフサイエンス企業、個人予防器具(PPE)やその他の生命維持に必要な製品(人工呼吸器など)を製造・供給する医療機器メーカーにとっては、確かにビジネスの原動力となったことは間違いありません。しかし、「コロナ禍による循環的な歪み」の解消は、企業利益という点については、全く、喜ばしいものではありませんでした。特にバイオプロセシングの分野では、パンデミックがいつまで続くのか不透明な中、原材料やワクチンの過剰在庫が発生したのです。またヘルスケア業界全体では、コロナ禍以降、急激なコストの上昇、サプライチェーンの分断化、厳しい資金調達環境に直面しています。さらに、政府・民間資金の不足による中国経済2の低迷に直面しているのです。
このような最近の逆風にもかかわらず、私たちは、いくつかの要因がヘルスケア・セクターの長期的な見通しを力強く後押ししていると考えています。
- 急速に高齢化が進む世界人口 世界保健機関(WHO)は、2050年までに60歳以上の人口が現在の2倍の20億人以上に、80歳以上の人口は3倍の4億3600万人3になると予測しています。年齢とともに増えるのは、知恵だけではありません。健康に関する支出は、家計における典型的な増加項目なのです。
- 未開拓なビジネス機会 2050年までに、世界の高齢者の3分の2が低・中所得国に住むようになると予測されています。これは日本のように、すでに人口の30%が60歳以上4となった裕福な国々における現在のトレンドから大きく変化することになるでしょう。
- ヘルスケアに対する需要は選択の余地が少ないという特性 ヘルスケア・セクターが提供する商品やサービスは、経済状況にかかわらず生活に必要不可欠なものであり、他のセクターよりも不況に強いといえます。
- 大きな可能性を秘めたイノベーションとデジタル・トランスフォーメーション 遠隔医療、創薬、個人別医療、遺伝子治療の進歩が新たなビジネス機会への扉を開き、AI、電子カルテ、遠隔モニタリングなどのテクノロジーは、治療効率の改善と患者の病気平癒に貢献しています。
高クオリティな特性
ROOCE(投下資本利益率)と売上総利益率(粗利益率)という、私たちが好む2つのクオリティ指標において、ヘルスケアはトップ・セクターのひとつにランクされています。加えて、過去20年間のEPS(1株当たり予想利益)成長率は、株価指数を構成するセクターの中で2番目に高いのです。重要な点は、ヘルスケア・セクターのレジリエンス(強靭性・回復力)により、セクターの利益成長は驚くほど安定しており、株価指数のEPS成長がマイナス5の年においても、一貫してEPS成長率は株価指数を上回っていることです。最近の株式市場は、直近の穏やかな経済背景と景気循環株のアウトパフォーマンスを受けて、ヘルスケア・セクターの予測可能性の魅力を、ほとんど重視していないように見えます。私たちの見方では、これは間違った考え方です。予測可能性は、投資家が最も必要ないと思う時にこそ、その真価を発揮することが多いからです。
特許による業績の確実性を排除する...
他のセクターでも同様ですが、私たちは特定のサブ・セクターや産業において、高クオリティで複利効果があるコンパウンダー企業を発掘する傾向があります。ヘルスケア・セクターは一般的に景気サイクルによる循環性がないため、短期・中期的な予測を立てやすいものの、ヘルスケア・セクターを構成する全てのサブ・セクターに対して、長期に亘って信頼するのは難しいと考えています。ヘルスケア・セクターの銘柄の大部分は製薬・バイオテクノロジー企業であるため、高収益は主に特許保護の結果といえます。主な無形資産は、特許権なのです。ところが、これらの無形資産は次第に消失していきます。何故ならば、薬品の特許が切れると、ジェネリック薬品との価格競争に晒されることになり、売上はしばしば劇的に減少(最大80%減も)6します。これはジェネリック薬品の価格が先発医薬品の価格よりも低いためです。売上減少を補うためには、新たに特許を取得した新薬が必要ですが、そのためには長い研究開発(R&D)プロセスが必要です。採算が取れるかどうかはわからないうえ、予測もできません。そのため、製薬会社は私たちがグローバル・ポートフォリオの投資運用において堅持している、高クオリティの基準を満たさない傾向があります。
… そして、単一商品への依存
私たちの投資哲学の重要な信条の一つは、時間をかけて資産を複利的に増やすためには、ダウンサイド・リスクについて鋭意に注意を払う必要があるということです。企業が一つの商品に依存している場合には、この点は、二倍重要になってきます。典型的な例は、本来は糖尿病治療薬である、肥満改善薬のGLP-1の製剤メーカーで、この大手企業の売上の70%以上がGLP-1製剤7によるものなのです。これらの医薬品は大きな可能性を秘めてはいますが、私たちが懸念しているのは、これらの医薬品もやがて特許切れに直面し、極めて厳しい価格競争に晒される可能性が高いということです(肥満改善薬の市場規模がコンセンサスよりも大きくなる場合は別として)。また、政府や保険会社が患者への支払いを拒否して、潜在的なビジネス機会を抑えるリスクもあります。予想株価収益率(PER)は、今後12ヵ月間の予想利益の30倍に近づいており、GLP-1製剤メーカー以外の一般的な製薬会社の水準である15倍よりもかなり割高です。8高いバリュエーションにより、同社は上述した潜在的リスクに対してさらに脆弱化しており、現在、私たちの高クオリティ企業のポートフォリオにとって、魅力的な銘柄とはいえません。
特許リスクや集中リスクの無い、高ROOCEで高成長の企業を発掘
顧客にとってサプライヤーを変更する動機付けが極めて低い消耗品やサービスによって、経常的に利益を獲得している企業を、私たちは探しています。例えば、診断検査のプロバイダーに見られる「razor-razor blade(剃刀と剃刀の刃)」9 ビジネスモデルや、安全性、法令遵守、科学的公正性などの理由から、サプライヤーを変更するには強い変更理由が必要とされる、高クオリティで業務に不可欠な商品やサービスなどです。一例として、私たちが保有している感染防止商品やサービスの世界的大手プロバイダーが挙げられます。同社は滅菌器具と、手術器具の滅菌に必要な消耗品やサービスを提供しています。明らかに、同社の商品が顧客のコストに占める割合が小さいことを考えると、顧客が数セントのコストを節約するために、敢えて別のプロバイダーに変更して失敗するリスクを取ることはないでしょう。結果として、顧客は高クオリティが実証されている同社とビジネスを継続する傾向があります。また同社は、医療機器メーカー向けに滅菌サービスの外部委託サービスも提供しています。ここでもまた、低コストではありますが、顧客にとって極めて重要な業務であり、特に規制当局への提出書類に変更理由を記載する必要があるため、サプライヤーを変更するには、費用と時間のかかるプロセスが必要となっています。そして、市場参入を検討している企業にとっても、高額で時間のかかるプロセスとなります。
チャーリーとルナ10
私たちは、世界のアニマル・ヘルス産業は、医薬品やバイオテクノロジーに見られるような特許リスクや集中リスクがほとんどなく、魅力的で景気サイクルに左右されない市場であると考えています。チャーリーやルナといったペットには、ケアが必要であり、実際、飼い主はペットを大切にケアしています。このような状況が、レジリエンスと利益成長の良い秘訣となっているのです。この業界は、2023年に市場規模3,040億米ドルと評価され、2032年まで毎年複利で平均6.8%で成長すると予測されています。11私たちは、ペットと家畜用のワクチン、医薬品、診断薬を開発、製造、販売する世界有数の多角的な動物医療企業を保有しています。同社には、消費者に直接販売する営業部門が存在することが、参入障壁となっています。ほとんどの競合他社は、企業規模が小さすぎるため代理店頼みで、自前の営業部門を持つことが、合理的では無いからです。ペット用のジェネリック薬品の普及率は極めて低く、支払いは飼い主のポケットマネーであり、顧客は極めて細分化されているため、特に処方箋が獣医によって発行される場合には、薬品の変更やジェネリック薬品を使用するインセンティブはほとんどありません。12同社は、非常にクオリティが高い企業であり、投下資本利益率は53%と、MSCIワールド指数の平均的企業の2倍以上です。これは年2~3%の値上げを実現し、さらに売上量の増加に支えられているためです。13MSCIワールド指数の利益が年間で、過去10年間で2回の減少を記録していることとは対照的に、当社の利益は過去10年間14、毎年増加しておりレジリエンスがあります。同社は、ヘルスケア・セクターでは珍しい企業であり、着実で長期的な複利的増益のサポートになる、我々が求める特性を兼ね備えています。
他社とは異なる多角化:企業規模とネットワークの効果
ヘルスケア・セクターの銘柄で私たちが保有している最も巨大な企業は、米国最大の医療保険会社で、同社の加入者数は5,500万人、市場シェアは15%です。多角化も進んでおり、開業医(GP)クリニック、データサービス、薬剤給付代行業者などのヘルスケア・サービス事業も所有しています。医療システムにおける仲介役として、同社は買手(雇用主や政府)と提供者(病院、診療所、医薬品メーカー)の間を取り持っています。加入者の規模の大きさを活かして、提供者からディスカウント取引を実現させており、参入障壁の高い、両面の(つまり対買手、対提供者の)ネットワークを構築しています。さらに、初期診断を担う開業医と直接関わるため、開業医と経済的インセンティブを一致させつつ、効率を高めることが可能です。つまり、医療処置の量ではなく、成果のクオリティに基づいて、開業医は当社から報酬を受けます。私たちは、この事業は加入者の規模の大きさと両面ネットワーク効果により、魅力的な複利的増益が期待できる、高クオリティで景気サイクルに左右されない事業であると考えています。
妥当な株価でクオリティとレジリエンスがある銘柄
現在の株式市場は、利益成長期待による高いバリュエーションの株価が広範に見られ、一部の市場や銘柄に集中しているため、私たちは、株式市場のリスクは多くの予想よりもかなり高いと感じています。私たちの保有するヘルスケア銘柄は、着実な複利的増益の見込み、妥当なバリュエーション、高い投下資本利益率に重点を置いて選定されています。ヘルスケア銘柄の選定において、優先している高クオリティという特徴は、歴史的に困難な経済状況下においても、一貫してパフォーマンスに寄与しており、今後もその傾向は続くと確信しています。
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マネージング・ディレクター
インターナショナル株式運用チーム
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ヴァイス・プレジデント
インターナショナル株式運用チーム
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